はざまの時間

良守ではない誰か編|2016/10/08 posted.

「このままどこかへ消えちゃわない?」

七郎の言葉に、時音は一旦、足をとめ、隣を歩く彼を見上げる。

「いいじゃない、少しくらい。たまにはいつもの君から脱却してみたら」

こともなげにそう言うと、彼は“ね?”と軽く首を傾げた。

時音の脳裏にクラスメイトたちのささやき声がよみがえる。

  (雪村さん、まじめだから)
  (隙がないのよね、だから一緒にいると息が詰まる感じ)

  ・・・・。

「少しだけなら」

時音の了承を得ると、七郎は少し驚きを見せたものの、勝ち誇ったように微笑した。

◇◇◇

「正直言って、驚いたな」  七郎が時音に話しかける。

「いやさ・・・誘ってはみたものの、十中八九ムリかなって思ってたから」

「・・・勝手ね、あんたって」

「今頃、気づいたの?」

七郎が笑ったので、思わず時音は表情を緩めた。
が、次の瞬間には姿勢を正し、軽く咳払いののち、眉根を寄せた。
七郎がその一部始終に小さく笑う。

「で、どうするの、これから」

時音が訊ねると、七郎は「夕景を見に行こう」と誘う。

「夕景?」

時音は、横目でチラッと七郎を見遣る。
七郎はその視線が何を懸念するものなのか、あらかじめわかってるといった表情で言葉を継ぐ。

「仕事・・・妖出現は日付が変わる直前くらいでしょ?なら、大丈夫だよ」

秋の気配が日増しに濃くなっていくこの時期の夕景には少しばかり心がときめく。
“たまにはいいかも”時音はそっと気持ちを決めた。

◇◇◇

「夜景は見慣れてるでしょ?」

「うん、でも・・・こういうのとは違うから」

今、ふたりが眺めているのは林立する高層ビル、もうすぐそれらの明かりがきらめき始める。

そんな、都心の眺望である。

時音が毎晩、目にする烏森周辺ののどかな夜景とは確かにまったく様相が異なっている。
秋の黄昏、建物に宿る光の粒や道路照明、広がる暗い海を往来する船の明かり・・・

「完全な夜、その一歩手前の時間だね」

「何かで読んだことある。そんな時間帯の景色、夕夜景って言うんだって。夕焼け、じゃなくて」

「へえ・・・ちょっとイイね、それ。情緒ある」

「今ちょうど、時のはざま。夕方と夜の」

つぶやいて時音は、しだいに群青色が増していく眼前の景色をぼんやりと眺めた。
赤、紫、青、群青。
いろんな色が混じっているなか、徐々にではあるがブルーグレイの色合いが濃くなり始めている。

「・・・間流結界術。こんなときでもつい思い出しちゃうんだね、雪村さん」

七郎がククっとうつむき加減に笑ったのを見て、たちまち時音の表情が曇る。
素早くそれに気づくと七郎は襟を正した。つまらぬ誤解を招くのは本意ではない。

「あ。含みはないよ、念のため言っとく」

「わかってるけど・・・不愉快だわ」

不機嫌に表情を硬くして七郎を見る時音。

「ひどいな。だいたい、言い出したのはキミじゃないか、はざまって・・・」

「・・・・そう、だけど。あんたが口にすると胡散臭いの、イヤなの」

「う、胡散臭いって・・・いつになっても警戒、解けそうにないんだな」

「だって、しかたないじゃない」

「・・・」

なんとなく、会話がストップしてしまい、ふたりはただ黙って目の前の夕景を眺めた。
高速道路、車のライトが描き出す光の帯がさきほどより明らかにその数を増している。
高層ビル、その光の粒たちも。

上空にたなびくブルーグレイの雲がゆっくりと風に流れていく。

七郎は自分のすぐ隣で夕景を眺める時音の横顔にさりげなく視線を送る。

淡いピンク色をしたハート型の唇、まっすぐな黒髪のロングヘア。
口を開けば潤いのあるのびやかな声。
そしてたっぷりとした胸元ときゅっと引き締まったウエスト。

  ―いい女だよな・・・

時音はまさに、七郎の好みをそのままそこに投影したかのような女だったのだ。

「早いもんだよね、もう十月」 七郎がぽつりとつぶやく。

「十月は海の温度、低そう」

時音が静かに答えたひとことに、七郎が同じく静かに反応を示す。

「海の温度・・・またいきなり変わったことを」

「・・・・」

「雪村さんって、いつもどこか上の空のところがあるよね」

「・・・そうかな」

「気になるよ。何を考えてるんだろうって」

「大したことじゃないわ」

「話してても、いつも大事な事柄の周りをぐるぐる回っているだけで直接、触れることができないというか」

「あんただって」

「え」

「何考えてるの?」

「別に大したことじゃない。雪村さんと同じようなこと」

「・・・・」

「・・・・」

再び、沈黙がふたりのあいだに流れる。

「ここ、よく来るの?」 時音が訊ねる。

「頻繁に、ってほどではないけどね。静かだし学校から離れてるから顔がさす心配もない。
いろいろと・・・反省するにはいい場所だよ」

「反省?」

「そうだよ、日々、反省だ」

「へぇ・・・」

「こう見えても僕、内省的な人間なんだよね」

時音が首を傾げる。

「内省的って・・・そういうのは、主張することじゃないわよ・・・」

七郎が笑う。

「あんたって・・・意外とよく笑うのね。イメージとはかけ離れてる気がする」

「へえ~。ぜひとも聞いてみたいね、君が僕に持つイメージ」

ニヤっと笑う七郎の問いに時音は答えず、黙って夕景を眺めた。
あかりの印象が刻々と強くなっている。夜の帳が降りはじめているのだ。

「悪い印象しか持ってくれてないんだろうな」

「ええ」と素っ気なく答えたあと、「でも」と時音は続けた。

「あなたは結局、器用貧乏な気がする。実はちょっとしんどかったりするんじゃない?そういうの」

凛とした口調で述べると、時音はすまして微笑した。

「あいつは不器用だけど、たぶんそのぶんラクに生きてると思う。・・・あんたよりもね」

「あいつ、というのは墨村の彼のことか」

「うん」

「・・・甘いな。甘いよ、雪村さん」

七郎の言葉に時音は一瞬、眉をひそめた。

「雪村さんは彼を勘違いしてると思う」

「勘違い?」

「彼のこと、監視義務でもあるわけ?」

「そ、そーいうワケじゃない。でもあいつ・・・ナニするかわかんないから」

「心配?・・・でもさ」

ひと呼吸おいて、七郎が続ける。

「彼、墨村くん。もう幼くはない・・・って言うかすごいよね。君もそれ、じゅうぶん、わかってるはずでしょ。
そのうえで放っとけないっていうのは、僕から見ると、とても違和感ある」

痛いところをつかれて、時音は再び、夕景に視線を戻した。

「・・・難しい顔してる」

「良守のこと考えるとこういう顔になるの」

「困った人だね」

夕景をじっと見つめる時音。
沈黙が続く。

ふぅ、とためいきののち、

「好き、なの?」

七郎が唐突にたずねた。

「え」

「彼に彼女ができたりなんかしたら、雪村さん、実は猛烈に面白くなかったりして」

「なっ・・・」

ナニ言ってんの、あんた!?と、時音が反論するのにも構わず、七郎は続けた。

「でもさ、僕も面白くないんだよね、君が彼に構うの見るのは」

「さ、さっきからあんた、ナニ言って・・・」

時音の言葉を七郎は遮った。

「君を好きになっただけ。文句、ある?」

七郎が、あまりにあっさりと言い放ったその言葉に
時音は表情を崩さず、黙って夕景を眺め続けた。そうする以外に動揺の隠し方を知らなかった。

―しばらくの間を置いて、七郎がつぶやく。

「そのうち君と。五感で共有したいね、はざまの時間」

それから “帰ろうか” ずるいくらい穏やかに微笑んだ。

~fin.~

最近のコメント

plofile

author: lala (ララ)

『結界師』がお気に入りです。

原作で満たされなかった想いを二次創作にぶつけています。

◇声をかけていただくと嬉しい^^
ご感想、ご意見、ご要望など→各記事「WEB拍手」、日記「コメント欄」からど~ぞ♪ 
※カテゴリ「日記」のコメント欄、使用可能になりました。

◇現在、サイト工事中。ご不便おかけします。(もうすぐ完了しそうです)