時音って、何気に文房具に詳しそう・・・。
校門にもたれかかっている良守の姿を見つけた瞬間、
時音はすぐさま教室に引き返したくなった。
―待ち合わせ場所を誤った。
心底思うが、今となってはもう遅い。
時音を見つけた良守が笑顔で手をぶんぶんと回し振る。
おかげで校門を通り過ぎる高等部生徒たち、
そのほとんどの視線が結局、時音に向かう。
「お待たせ」
「大して待ってないけど?」
きょとんとした表情で答える良守の腕をグイと引っ張り、
そそくさと時音は校門付近から逃げるように立ち去る。
今日は影宮閃のバースデイ。
夜行構成員の彼は、大人びてはいるものの、
まだ中学3年生、やっと今日、15歳になる少年。
昨夜、夜の烏森で不意に良守が言った。
「そういや、明日、影宮の誕生日なんだって。兄貴の情報」
”一緒に何かプレゼントを”
良守の提案に時音は“そうね”と珍しく素直にうなずいたのだった。
雨が降りそうに曇っているけれど、降らないで済みそうな気がする放課後。
「甘いモンはいっつも食わせてるからなぁ」
「あのコの興味あるようなの、あんた何か知ってる?」
(そりゃ・・・興味あるっつったら、なぁ~・・・)
つい、品のない想像をする良守だったが、
隣を行く背筋ピン!な時音の横顔に、いかんいかんと自らを戒めた。
駅前でバスの行き先案内を眺め、そして目当てのバスに乗る。
バスには座席が埋まるか埋まらないかという人数のお客さんが乗っている。
窓を流れる景色は、冬への入り口といった様相を呈しており、
時音は思わずブルっと身を震わせた。
◇◇◇
11月ともなれば、デパートは既にクリスマス商戦突入。
店内はふわふわした雪、クリスマスツリーなどで華やかに彩られていた。
「早いもんよねぇ~来月は師走だもの」
「・・・おまえさぁ~クリスマスなのねぇ~とか言わねえか、普通」
「何よ、12月は師走ですっ!」
言い放つと時音は“さっさと選んで帰るわよっ”
すたすたとエスカレーターを階段を駆け上るように進んで行った・・・。
時音のあとについてやってきたのは6階・ステーショナリー売り場。
「バスの中、考えてたんだけど」
時音の提案は、閃に ”ちょっと良いシャープペンシルを” というものだった。
「イイ文房具使ってるって印象あるのよ、不思議にあのコ。」
“入学祝みたいだけど、それって逆に新鮮じゃない?”
時音は“ね?”と良守に微笑んだ。
モンブラン、パーカー、ウォーターマン、クロス・・・・・
ショーケースには、いろいろなブランドのペンがズラっと並んでいる。
どれもクリスマスを意識してか、赤や緑のリボンをまとっていて素敵だった。
「いろんなの、あんだなー」
「持ったときにほどよい重みがあると、書きやすいのよ。」
“へぇ~、これイイわね”
時音は店員にすすめられるままに、さまざまなシャープペンシルを試している。
「あたしはウォーターマンが好き」
「ウォーターマン?水の人?・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「フランスのブランドなのですよ、お客さま。」
クスッという微笑を添えて、店員が説明を始めた。
とくにおすすめしたいのはこのシリーズ
少し細身につくられていて、手になじみやすく繊細なイメージ、色も美しく・・・
「あたし、これ、ブルーのを使ってるの」
シックなカラーをまとったスリムなフォルム。
まるで時音のようだな、と良守は彼女の指にあるそのシャープペンを見て思う。
商品説明を読んでみると・・・
トリムと天冠の周囲をメロディのようにゆるやかなウェーブが囲み、
クリップも細身のボディにマッチするモダンなデザイン。
そして流れるハーモニーを思わせる心地よい書き味が、日常の筆記を楽しく演出します。
―と、ある。
「なんだかよくわからんが良さげなペンだな」
良守は時音が使っているというブルーのシャープペンを手にし、スラスラっと書き味を試してみる。
「確かに、書きやすい」
「お値段も比較的、リーズナブルですよ?」
柔和な笑顔を店員に向けられ、良守と時音の心は決まった。
閃へのプレゼントに購入したのはウォーターマン・ハーモニー。
色は時音使用中のグレイシアブルーを避け、
彼のイメージを大切にして、「カシミアベージュ」 を。
やわらかな色めが、彼のくしゃっとした髪質を思わせる。
普段はちくちくとシニカルな発言ばかりを楽しんでいるようでいて
ほんとうはいつも良守、時音、そして秀・・・と、仲間のことを気遣う。
そんな彼にぴったりな色だと、口にこそしなかったが、二人とも同じことを思っていた。
◇◇◇
バスを降り、家までの距離を歩く。
ときおり吹く、木枯らしと呼ぶにはまだ少しやさしい温度の風が時音の長い髪をさらってく。
「あのさ、俺」
良守が口を開いた。
「ふと思ったんだけど、
もしかしてお前と影宮、おそろいのペンってことに・・・なんねえか!?」
「は!?」
”それってどうなの!?なんかムカつく!”
ぶつぶつ言う良守を時音がうんざりした表情で振り返る。
そのとき、ひときわ強い風が巻き起こった。
葉っぱがふわりと宙を舞う。
なかに、幾枚かのほんのり紅や黄に色づいた葉が混じっている。
それはまるで季節はずれの花火のように
くるくると円を描いて、二人の目の前ではらり、動きを止めた。
ほんの数秒、視線が絡み合う。
「シャープペン、黒もあったわよ」
時音がつぶやいた。
~fin.~
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