追試まで

良守編|2016/10/25 posted.

読んでいた雑誌をもとの場所に戻すと、墨村良守は小さくため息をついた。

先日の定期テスト、数学の出来ばえときたら・・・。
我ながら一瞬、顔が青ざめるような結果を手にしてしまったのだ。
当然、追試の連絡を受け、それが基準点に満たない場合、
最終措置として放課後の補習受講が義務付けられている。

(補習って毎日だろ?昼寝できないんじゃー夜の仕事が・・・あぁ~どうしよう)

学園生活も大切だが、彼にとって結界師の仕事はサボりたくともサボれない重要な任務。
学校帰り、“ひとつ問題集でも買ってみるかー”と、書店に立ち寄ったのである。

烏森学園のほど近くに位置するこの書店内には、
見慣れた制服に身を包んだ学生たちの姿がちらほら見かけられる。

烏森学園の生徒が立ち寄るにもっとも適当なお店だといえるこの書店には
豊富な数の参考書、問題集などが揃っており、学園の教師もよく利用しているのだとか。

そして。

その、豊富で良質な「学参コーナー」の前に立っていたのも束の間、
素早く「週刊誌コーナー」にスス~っとワープした良守なのであった・・・・。

昨日発売の漫画雑誌、
巻頭のグラビアに相好を崩し、贔屓にしている話を読んでしまうと、
あとはもう、所在なげに周りを見渡すくらいしか彼に残された道はなく、
良守は「帰って寝よっと」と、くるっと店の出入り口へと向きを変えた。

しかし、次の瞬間、目の前に立ちふさがる影ひとつ・・・・

「と、時音!」

予期しなかった人物の出現に、良守の心臓が10センチは飛び上がる。

”いつからそこに・・・?” やや伏し目がちに良守が問うと
時音はこの幼馴染の中学生を一瞥、イタズラっぽい笑みをたたえたまま答えた。

「参考書の前でため息、移動するとこから見てたわよ」

「・・・。」

はぁぁ~っと、うなだれる良守に、時音が追い討ちをかける。

「声、かけたのよ?なのにあんた、反応しないんだもん。
そんなにおもしろいのかなーって、あたし。」

“読んだわ、これ!”と時音は
良守がさきほど、もとの場所に戻したのと同じ週刊漫画誌を彼に見せた。

「・・・。」

「たいしたことなかったけど?」

それは巻頭に
セクシーポーズを惜しげもなく披露したグラビアアイドルが微笑む、
いわゆる“青年向け”週刊漫画誌だったのである―。

◇◇◇

ずんずん前を歩く良守。
珍しく彼を追う時音。

「ちょっと待ちなさいよ!」

「やだっ」

うしろ姿にも赤面度の値、その高さが見てとれる。
時音は観念した。

「悪かったわ、ごめん!」

今回ばかりは
そんな時音の謝罪の言葉をもってさえ、良守の羞恥心、消えてなくなるわけではない。
なくなるわけではないが、なにぶん、彼女のこういう態度にからっきし弱いのも良守の特徴である―。
しばしの追いかけっこの後、おもむろに時音を振り返り、「もう、いいよ」、すねたまま許した。

「さすがにデリカシーなかったわ、ほんと・・・申し訳ない」

時音はこみあげてくる笑いをかみ殺しながら良守の隣に並ぶ。

「参考書、買うつもりだったんじゃない?
いよいよあんたも勉強しようって気になってきたわけ?」

感心感心と、にっこり笑顔を向ける時音に

「うるせえ。・・・・この前の試験、数学の出来が悪かったんだよ。」

「ふ~ん、そうなの。大変ね・・・」

「あ!」時音は、ふとひらめいた。

「ね、見てあげようか」

「へ?」

「あんた、あれでしょ?補習の危機」

「よ、よくわかったな・・・」

「よっぽど切羽詰まってるんでしょ、良守が学参コーナーだなんて」

「はいー・・・その通りですー」

「補習決定なんかしたら、仕事に差し支えるよ?
追試、低空飛行でもなんでも基準点クリアしなきゃね」

“そうなんですよ、ほんと、俺、ヤバいんです・・・”
ぶつぶつひとりつぶやく良守に憐れむような視線を向けつつも時音は考える。

  さっきの本屋でのデリカシーない自分の行動は確かにいただけない。
  お詫びも兼ねてこの際、良守の先生を申し出るか。

「見てあげるわ、追試まで」

しかたないじゃない、と時音はため息まじりに提案する。

「と、時音の部屋で?」

「・・・ずうずうしいにもホドがあるわよ、あんた」

ほのかな期待が一瞬にして撃沈せしめられたことを、良守は知った。

◇◇◇

時音の提案により、その週の土曜日の午後、駅前のカフェで勉強会が催されることになった。

何事においても、非常に合理的な時音は、
事前に良守の苦手なところを聞きだし、
自分の持っている何冊かの参考書および問題集をあらかじめ彼に提供しておいたのだ。

そして
その中から何題かをピックアップ、
良守に家でこなしてくるよう厳命、
カフェではそれを採点、

―というスタイルを採用。

よって、良守が思い描いていたような
”甘ぁ~いプライベートレッスン”とはあまりにもかけ離れた勉強会と相成ったのである・・・。

◇◇◇

「ありがとな、時音。」

それでも
勉強を見てくれることに対し、
また、カフェで時音とふたり、並んで座っていられるささやかな幸せに対し、
良守は素直に謝意を表した。

そんな健気な彼に対し、時音の態度は

「お礼は、結果で頼むわ。
プロセスがさほど意味ないこと、あたしたちが一番よくわかってるよね?」

と、やや怜悧すぎるきらいもあるが、彼女らしいその答えに

「ああ、わかってるって」

良守は素直に納得するのであった。

「だからーそうじゃなくって。この接線の値を出してから。」
「ね?このほうが早く解けるでしょ?」

脳をフルに回転させて考えるも、
良守が最善と思ったやり方は、どうやら時音のお気には召さぬよう。
”だから、こうすりゃもっと早いんだって!”
時音先生のレッスンに熱が入れば入るほど、良守の胸の鼓動も比例して早くなり、
さらにそのために頭の働きまでもが鈍るのか焦るのか、ますますワケがわからなくなってくる。

(そんなに顔を寄せないでくれよ・・・・)

「じゃ、次、これは?」

今にも悲鳴をあげそうな良守の心にまったく気づく様子のない時音が
容赦なくさらなる課題をこなすよう迫ってくる。

「・・・。」

シャープペンシルを持つ手に自然、汗がにじむ。
しかし、ここで”わかりません”などとは口にしたくない、絶対に。
良守はさきほど時音からレクチャーしてもらったばかりの方法で問題に挑む。

「え・・と、こうか!」

「うん、そう!どう?理解した?」

「おお。」

「明日もココで見る。課題はこれとこれと・・・。」

設問を選び、印をつける時音の顔が良守のすぐそばにある。
彼女の長い髪が鼻先に触れるたび、
良守はごくりとのどを鳴らし、己の邪な欲望を懸命にひっこめた。

“これができれば余裕よ、追試~”と笑顔を向ける時音先生に“了解”と答え、
良守は出された課題をしみじみ眺める。

「あれだよなー。考えてみりゃ数学って実は俺向きな気がする」

”根拠は?” たずねる時音に良守は “そうだ、そうだよ、俺向きだ” とうなずく。

「だってさ、基本さえわかりゃ、あとはナンとでもなんだろ?答えもすっきり出るし」

「あーまぁね。言われてみれば。でもさ、じゃあなんで今までできなかったわけ?」

「それが謎なんだよなー」

「・・・。」

良守らしい答えに時音は継ぐべき言葉を持たなかったが、内心、ふと思う。

  こいつはきっと、気づいていないだけ。
  仕組みがわかればいきなり伸びるタイプなのかもしれないわ。
  結界術だってそうだものね。いつのまにか、良守は・・・・

“おい、時音!”と、良守に呼ばれるまで、時音はぼんやりと彼の顔を眺めていた。

翌日の日曜日も、良守と時音、二人は駅前のカフェに並んで座っている。

「カンペキじゃない!・・・やるわねぇ」

良守に出した課題に一通り目を通したのち時音は、満足気に顔を上げた。

“見たか!俺の実力!!” 良守が胸を張る。

  ・・・おまえの前だからだぜ?
  これ以上、バカって思われたくないもんな。
  きのう、帰ってからも俺、がんばったんだからなー・・・
  

いろんな思いはある。
だけど今はまだ。
彼なりに精一杯の言葉を選ぶ。

「ちょっとは・・・見直した?俺のこと」

「追試、合格してから言いな、そんなセリフは」

言い放ちながらも
そこにとびきりの笑顔を添えた時音があんまりきれいで、
良守の頬がみるみる朱に染まる。

後日の追試はもちろん基準点クリア。
補習を免れた。

◇◇◇

「そっかーよかったわねぇ。
でさ、今日でしょ。あの雑誌発売日。巻頭グラビアがたしか・・・・」

学校からの帰り道、良守から追試合格の報告を受けた時音が意地悪く笑う。

「あーっ!!!お、おまえ、そういうこと言う!?」

“全然反省してないじゃん、どういう神経してんだよ!?”
真っ赤になってわめく良守の背中を、勢いよくバッシーン!と叩くと

「これから立ち読みですか?ご苦労さま~」

書店の前で、時音はじゃあねと手をひらひらさせた。

遠ざかる時音の背中を見送り、
ふぅ、と力を抜くと一瞬のためらいの後、良守は書店の中へ姿を消した。

雑誌コーナーの前、例の青年誌最新号が並んでいる。

(今週のグラビアのコ、ちょっとイイんだよな・・・立ち読みだと?バカな!)

良守は迷いなくそれを手にとり、レジへと向かった。

手にしている雑誌の表紙、どことなく時音に似た美少女が妖艶に微笑んでいる。

~fin.~

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author: lala (ララ)

『結界師』がお気に入りです。

原作で満たされなかった想いを二次創作にぶつけています。

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