風邪ひき

良守編|2016/10/28 posted.

風邪薬を勢いよく口に放り込み、雪村時音はミネラルウォーターで流し込んだ。
洗面所に向かう。
鏡の前で髪を直し、にっこりと笑顔を作る。

いいんじゃない。

自分にオーケーを出した。

一昨日の夜、少し寒さを感じた。
今日、日中に何度もくしゃみが出た。

だが、夜の仕事を休むわけにはいかない。
時音はもう一度、鏡のなかの自分と対峙する。

近い将来、人並みに化粧をする日がきたら
きっと最低限に抑え、ネイルカラーはナチュラルな色目を選ぶだろう。
どんな精神状態であったとしても
自分は身だしなみのいい女性でいたい、と時音は思う。
美しい、という形容でなくていい。
外見で相手を圧してはいけない。
清潔感と親しみ、信頼に足ると思わせる落ち着き、華美とは無縁のさりげない品格。
それが理想だ。
ずっとそうなりたいと思って努力している。

―もうすぐ今日が終わる。時計の針は午後11時58分を指している。

時音は結界師である。
雪村家22代当主予定。
正統継承者として、幼いころから心身ともに鍛錬を続けている。

時音の今までは、結界師としての役目を第一とし、
また先に述べたような女性となるための努力を重ねた日々だった。

17歳、高校2年の秋を迎えた今、
時音の心は静かながらかすかな揺らぎを感じるようになっていた。
来春、高校3年になる時音の今は、
進路を決めなければならない大切な時期でもあるのだから。

◇◇◇

夜の烏森学園。
この学園の敷地内で、今夜も自分は妖を狩るのだ、と時音は思う。

「時音」

同じく結界師の墨村良守がそこにいた。
少し早めに来たつもりだったのに、と時音はクスっと笑った。

「どうしたの。早いわね」

隣に住む幼馴染のこの少年も
時音同様、墨村家の22代当主予定。正統継承者である。
中学3年になってからというもの、
目に見える勢いでぐんと背が伸び、今では自分との差は、ほとんどない。
友人まどかによれば、良守は時音に恋している、らしいのだが、
時音は「良守のそれは恋とは呼ばないわよ」と、まともに取り合わないでいる。

こいつは、と時音は自分を見つめる少年をぼんやり眺めてみる。
自分の周りで誰かが傷つくのを極端に嫌う。それは、まちがいなく自分のせいなのだ。
何度も出かける言葉をまどかの前でのみこみ、「やめてよ、あんなガキ」と流す。

だけど、これもいつまで続くのかしら。あいつはもう、ガキとは呼べなくなってきている―。

「おまえ、帰っていいぞ。」

一瞬、何を耳にしたのかわからず、時音は「え?」と聞き返す。

「だーかーら!今日は帰れって。」

「あんた何言ってんの」

強く言ったはずの言葉に、どこか弱弱しさが混じる。

「ほら。なんか言葉まで締まんねえだろが?熱、あるぜ、きっと。」

時音のそばに来て、額に手を当てようと良守は手を伸ばす。
が、ためらいの後、ぼんやりと良守を見つめる時音からツイ、と目をそらし、

「帰り道、見かけたんだ。ふらふらしてたぞ、おまえ。」

返す言葉を探してみたものの、
時音はただ、そんなことを言うこの少年をぼんやり眺めることしかできない。

「な?らしくねーんだよ。いつもなら言い返してくるとこだろ」

(こいつ、気づいてたのか。確かに熱っぽくてふらふら。話すのもおっくう)

時音は、ふぅ、とためいきをつく。

「そうよ、カゼっぽい。クスリ、流し込んできたのにやっぱすぐには効かないみたい。」

そう告げたあと、
「だけど帰らない」旨を告げ、時音はタン!と屋根にのぼった。
そしてゴロン、と仰向けに寝転んだ。
仰いだ夜空、濃淡のない紺色って好きだな、とひとりつぶやき、目を閉じた。

ほどなく
良守がそばに腰をおろす気配を感じたが、目を閉じたままで深く息を吸う。

「・・めずらしいな、時音のそんな姿。」

良守の問いかけに、時音はふふっと笑みをこぼす。

「妖が来たら、結界張っとく。終わるまでじっとしてろ。帰りは―」

帰りは俺が背負ってやるから、と良守はうつむく。

沈黙の夜。平和な夜。
こんな夜がたまに、ある。

妖もカゼひいちゃったかな?と時音がつぶやけば、隣で良守がほほえむ。

「ほんと、ずっとひいてろよなー。そしたらさ、いつもこんなふうに過ごせるのにな」

あはは、と笑うつもりが、急激に襲う睡魔に、時音の記憶はそこでやわらかく途絶えた。

・・・・・・・・・・

眠ってしまった時音のすぐそば、良守はそっと彼女の額に手のひらを当ててみる。
その熱に、相当のムリをしていたであろうことは容易に察しがつく。
こいつ、まったく人を頼らないよな、と寝顔を見つめ、あらためて思う。

「周りには私だっているんだから」なんて俺をたしなめるくせにおまえはどうなんだよ。
今夜は「帰れ」という言葉にも抗わなかった。
それくらいに具合が悪かったんだな、時音。

「そのカゼ。俺がちょっともらってやる」

半分になったらずいぶんラクになるから、と良守は時音の寝顔に顔を寄せる。
そして、そのふっくらした桜色の頬にそっと優しく、唇をおとす。

―やわらかな感触。そして熱のために自分よりいくぶん高い温度の甘さ。

唇から伝わる時音のきれいな熱に、良守の頬が一瞬にして紅色に染まる。
数秒間の接触は、すぐさま良守に高熱を分け与えたようだ。

空が白むころ、時音のあたたかな重みを背中に、良守は烏森をあとにする。

~fin.~

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author: lala (ララ)

『結界師』がお気に入りです。

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