雨宿り

良守ではない誰か編|2016/10/28 posted.

いつか大人になって
心残りの女性を思いかえすような日がきたら。
僕の場合、やっぱりあのひとに違いないだろう。

色白の顔に、どこかしら寂しさを漂わせている。
けれど、何かの拍子に微笑むと、ぱっと顔に光が射して、
僕はその面差しから目を離せないまま、胸が締めつけられるほどの幸福感を覚える。
年上の、しかし愛らしい女性に惹かれていながら、想いは口にできない。

なぜなら彼女は兄の・・・・。

ゆきあうたびに、遠く近く、つい彼女を見つめ、
抑えきれない気持ちをなだめ、昼も夜もさまざまに想ってしまう。

◇◇◇

「利守君」

学校帰り、突然、背中をポン!と叩かれた。

これから教習所なの、そう言って時音お姉ちゃん・・彼女は笑った。

「教習所?」

「うん、良守から聞いてない?あいつもね~一緒なのよ」

時音お姉ちゃんも一緒に教習通いしていたとは―。
たく、ほんと良兄ィったら。
そんなことを思いつつ、僕は久しぶりに正面から彼女を見つめた。

相変らず色が白くて、髪が長くて。
そして相変らず、僕の心をかき乱す、きれいなひと。

「あ、雨・・・」

気づいたときには、ゲリラのような雷雨に見舞われていた。

ふたり、通りに面した小さな店の軒先を借りる。
雨宿りと呼ぶには、雨に濡れる率が高くて、ひどく無意味な気もした。
ホントはこんなとき、結界を上手に使えば雨に濡れることもないまま、
快適な状態で並んで歩けるのに―などと思ってみる。

ま、現実問題として人通りのあるなか、そんなことできるはずもないんだけど。

無言のまま、どしゃ降りの雨を見つめた。

こんなふうに、このひととふたり、時を過ごしたのは、何年ぶりだろう。

僕がまだ小学生の頃は、
ときどき一緒に図書館へ出かけて、その帰りにジュースをごちそうしてくれたっけ。
だけどいつの頃からか、だんだんそんなこともなくなって。

そして、今。
あの頃と確実に変わったことがひとつある。
それは、このひとと一緒にいるときの、僕の胸の鼓動、その速さ。

息遣いを感じただけで、頬が、身体が、火照ってくる。
たまらず僕は、そっと隣に佇むこの女性を盗み見た。
スカートの裾からすらりと伸びた、白い脚。
こんな雨のなかでも、髪がさらりと揺れて―。

ただ盗み見るだけのはずが、いつしか僕は彼女を凝視していた。

視線を感じたのか、ふいに僕に顔を向けた。
まるで湖のように透明な、深い色の瞳。
心臓がどきりと鳴った。
瞳に縫い止められたように、身体が硬直して動かない。

彼女はほんの少し訝しげな表情を浮かべていたが、やがてふっくらと柔らかく微笑んだ。
表情に軽い動揺を覚える。

「あ、雨、止みそうにないね」

焦って、適当な言葉を探した。心の内を見透かされそうで怖かったんだ。

「ほんと。しばらくここにいよう」

“結界、使える時間帯じゃないしね”

桜色の唇からこぼれたその声に、僕は一言も発することができず、ごくりと唾を飲み込んだ。

「・・・久しぶり、利守君と話すの」

「うん」

「どう?学校は」

「普通に楽しいよ。勉強、キライじゃないし」

「私もそうだったな」

「あのね、実は高等部・・・別の学校もアリかなーって思ってる」

「それって―出るってこと?烏森の高等部へは進まず・・に?」

「うん、高校受験してみようかなって」

受験を考えている―と、打ち明けたのは、時音お姉ちゃんが初めてだった。

烏森学園は中高一貫の私立校だ。一応、名の知れた名門進学校でもある。

だけど。

だけど僕は、このままぬくぬくと温室で過ごすんじゃなく、新しい世界に挑戦したいし、
それに―・・・・。
と、とにかく、だから!
自宅からは通えない、遠方の学校を視野に入れ始めたところだった。

もう少し大人になれば、気持ちも変わる。落ち着くだろうし、もっと成熟していく。

だけど今は―。

ダメだ。頭でわかっていても、心も身体もついていかない。

「確かに・・利守君には、烏森の高等部、少し物足りないかもね」

彼女はしみじみうなずいた。

「そういう選択肢もあったんだな―なんて、ちょっと今、思っちゃったわよ」

にこっと笑った。

「・・・・れば良かったんだ」 地面に視線を落とし、僕は小さくつぶやいた。

「え?」

「時音お姉ちゃんも、出れば良かったんだ」

「・・・」

拳を握り締めた。

「烏森なんかに縛られる必要、なかったんだ。時音お姉ちゃんなら、どこだって入れた!」

そうさ、そうすれば、良兄ィとだって―
僕とだって・・・ヘタに近くにいるから、なんかこんな―。

「・・・そうね。挑戦、してみてもよかったかも。思慮が足りなかったな」

時音お姉ちゃんが寂しそうにつぶやいたので、僕はびっくりした。

だって、てっきり。

“正統継承者としては、昼間の学校のことも監視しなきゃだめだから”

―とかそういうこと、真面目な顔つきで言うって思ったんだ。

そうしたら、思いっ切り反論してやるつもりだった。

「・・・どうして、今になってそんなこと言うんだよ?」

無性に悔しくなった。なんだよソレ・・・って思った。そんなの―。

「雨、止まないね」

彼女は僕の言葉に返事をせず、雨をじっと見つめたままだ。

どこかで踏切の音が響いている。
雷雨の音と混じって、耳にしているとどうしようもない気分が渦巻く。
濡れた夏草の香りが、これから始まる熱い夏の到来を告げている。

「教習、休むわ」

「・・・」

「雨、一段とひどくなったみたい」

「・・・いつ?」

「ん?」

「いつ取れるの?免許」

「そうねぇ、夏の終わりには」

「良兄ィも同じ頃?」

「うーん、あいつのほうが早そうかな。奇妙なほど真面目に通ってるみたいだし」

「・・だろうね。なんか想像つくよ」

「え」

「良兄ィはさ、時音お姉ちゃんより先に運転できるようになって、それで―」

言葉を切る。
そして雨のなか、
隣に佇むこの女性の、触れてはならないその髪を、身体を、僕は見つめた。

  このまま雨が止まなければいい。
  このまま―。

ぎゅっと、祈るように目を閉じた。

~fin.~

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author: lala (ララ)

『結界師』がお気に入りです。

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